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青森地方裁判所 平成9年(行ウ)5号 判決 2000年5月23日

主文

一  原告の被告Aに対する訴えのうち、Bがした申請の取扱いに関する同被告の不法行為及び不当利得を請求原因とする部分をいずれも却下する。

二  原告の被告Aに対するその余の請求及び被告藤崎町長に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告藤崎町長(以下「被告町長」という。)が、被告Aに対し、金四四一万五四〇〇円及びこれに対する平成八年六月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求めることを怠る事実が違法であることを確認する。

二  被告Aは、藤崎町に対し、金四四一万五四〇〇円及びこれに対する平成八年六月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、Bと藤崎町との間の別件の損害賠償請求事件において藤崎町のBに対する和解金の支払等を内容とする裁判上の和解が成立し、藤崎町が右和解金及び訴訟追行を委任した弁護士への弁護士費用を支出したことに関し、藤崎町の住民である原告が、藤崎町は右和解当時藤崎町長の地位にあった被告Aに対し右公金支出を原因とする不法行為に基づく損害賠償請求権又は不当利得返還請求権を有していると主張して、被告Aに対しては地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき藤崎町が有する右請求権を代位行使して藤崎町が右和解金等として支出した四四一万五四〇〇円及びこれに対する公金支出の日又はその後の日である平成八年六月二五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、被告町長に対しては同項三号に基づき右請求権の行使を怠ることの違法確認を求めている住民訴訟の事案である。

一  前提事実(以下の事実は、当事者間に争いがないか、証拠によって容易に認められる。)

1  原告は藤崎町の住民であり、被告Aは平成三年ころ以前から平成一一年ころまでの間藤崎町長の地位にあった者である。

2  Bは、同人所有の南津軽郡β四八番一及び同所四八番三の各土地上にアパートを建築することを計画して財団法人住宅改良開発公社(以下「公社」という。)にアパート建築を委託し、公社は、平成三年八月二九日、自らを建築主とする都市計画法五三条一項に基づく建築許可申請書を藤崎町長あてに提出した(都市計画法五三条一項に基づく許可は、法律上は都道府県知事が行うこととされているが、地方自治法上、いわゆる機関委任事務として市町村長にその事務が委託されている。右の許可申請を以下「本件申請」という。)。Bは、同年一〇月一四日、藤崎町長に対し、本件申請について建築主を自己名義に変更する旨の名義等変更届を提出した。

3  藤崎町長であった被告Aは、平成三年一〇月一九日付けで、Bに対し本件申請に係る許可申請書を返送した。

4  Bは、平成三年一一月二六日、青森県知事に対し、右許可申請書の返送が実質的には本件申請に対する不許可処分に当たると主張して、その処分取消しを求める行政不服審査請求を申し立てた。これに対し、青森県知事は、平成四年八月一九日付けで、藤崎町長のBに対する平成三年一○月一九日付け不許可処分を取り消す旨の裁決をした。

5  Bは、平成五年四月三〇日、藤崎町を被告として、建物の建設計画遅延により被った損害の賠償を求める訴え(以下「別件訴訟」という。)を青森地方裁判所弘前支部に提起した。

別件訴訟は、平成八年五月三〇日、藤崎町が二七八万八〇〇〇円の和解金を支払う等の内容の和解が成立したことにより終了し、藤崎町は、同年六月二五日に右和解金を支出したほか、訴訟追行を委任した弁護士らに対し同日までに弁護士費用として一六二万七四〇〇円を支出した(これら合計四四一万五四〇〇円の公金の支出を以下「本件支出」という。)。本件支出は、所定の手続に従い手続的に適法に行われた。

6  原告は、平成九年五月三〇日、藤崎町監査委員に対し、地方自治法二四二条一項に基づき本件支出について住民監査請求をし、藤崎町監査委員は、同年七月二九日、これを棄却する旨の監査結果を原告に通知した。

二  争点

本件の争点は、藤崎町が被告Aに対して不法行為に基づく損害賠償請求権又は不当利得返還請求権を有しているか否かである(ただし、被告Aに対する請求に関しては、被告Aの財務会計上の違法な行為又は怠る事実についての請求権に限られる。)。

(原告の主張)

1 不法行為1

被告Aは、藤崎町長として、都市計画法五三条一項に基づく本件申請を受理し、都市計画法五四条の許可基準に反していない場合には建築許可を与えなければならず、不許可処分をする権限を有していなかったにもかかわらず、藤崎町建設課長C(以下「C課長」という。)と共謀し、職権を濫用して故意に本件申請に係る許可申請書を受理せず、違法な実質的建築不許可処分をして、Bのアパート建築を妨害した。

被告Aは、実質的な建築不許可処分によりBのアパート建築を妨害した上、Bの行政不服審査請求申立て後も不許可処分の正当性を主張してBのアパート建築を遅延させ、Bに損害を与えた。本件支出の対象は、Bがこの損害の賠償を求めるために提起した別件訴訟を解決するための和解金及び弁護士費用であるから、被告Aの行為と本件支出との間には因果関係がある。そして、被告Aは、Bに対して実質的な建築不許可処分をするに当たり、自己にその権限がないことを認識していたものであるから、Bに対して故意又は重大な過失により損害を与え、その結果藤崎町にも損害を与えたものというべきである。

2 不法行為2

被告Aは、藤崎町長として、右1の違法行為を隠ぺいして自己の法的責任を免れるため、別件訴訟に応訴して虚偽事実の答弁をすることを企て、その目的のために、違法行為に関する事実経過を藤崎町議会に報告しないまま本件支出を議会に承認させた。このようにしてされた本件支出は、正当なものとはいえず、これを行った被告Aは藤崎町に対して不法行為責任を負う。

3 不当利得

被告Aは、故意又は過失により本件申請に対し実質的な建築不許可処分をしたものであるから、本件支出に係る金員は、本来被告Aが負担すべきものであった。したがって、被告Aは、本件支出により、自らが負担すべきBに対する別件訴訟の和解金及び弁護士費用に相当する額を不当に利得した。

4 財産の管理を怠る事実

右のとおり、藤崎町は被告Aに対し四四一万五四〇〇円の損害賠償請求権又は不当利得返還請求権を有しているにもかかわらず、被告町長は、その行使を怠っている。

5 よって、原告は、被告Aに対し、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき藤崎町に代位して不法行為に基づく損害賠償請求又は不当利得返還請求として四四一万五四〇〇円及びこれに対する公金支出の日又はその後の日である平成八年六月二五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を藤崎町に支払うよう求めるとともに、被告町長に対し、同項三号に基づき右請求権の行使を怠ることが違法であることの確認を求める。

(被告らの主張)

1 不法行為1について

(一) 被告Aが違法に不許可処分をしたとの主張は否認する。藤崎町長とBとの紛争に関する事実経過は、以下のとおりである。

(1) Bが建築を計画したアパートの敷地の一部は、都市計画道路である国道七号線の幅員拡幅の都市計画区域内に含まれていた。

そこで、本件申請を受け付けた藤崎町長である被告Aが建設省と協議したところ、建設省は、Bの建物建築は用地買収の支障となることから、問題となる土地を先行取得の対象地として扱い、早期に用地買収の交渉を行いたいとの意向であった。そのため、被告AがBに建設省の意向を告げた上、藤崎町の担当者においてBと話合いを重ねた。

(2) 話合いの末、Bは、藤崎町側の念書差入れと引き換えに用地買収交渉に応じることを了解し、被告Aらが作成した念書を平成三年一○月九日に受領した。また、Bの委託を受けて本件申請の名義人となっていた公社も、Bから建築取りやめを告げられたために申請を取り下げるとともにBとの間の建築に関する委託契約を解消した。

(3) ところが、平成三年一〇月一七日、Bが考えを急変させ、B自身を申請名義人として本件申請に係る許可申請書を出してきたことから、被告Aらは、本件申請が藤崎町に対する了解事項に反する信義にもとる行為であると指摘し、本件申請に係る許可申請書を返戻した上、建築を思い止まるようBに対する説得を行った。

(4) しかし、Bは、説得に応じることなく、青森県知事に対して行政不服審査を申し立て、Bの申立てを認める趣旨の知事の裁決がされた。

被告Aとしては、この裁決には不満があったが、諸般の事情を考慮し、再審査請求はしなかった。

(二) 被告Aが、C課長と共謀して故意に本件申請を不受理としたとの主張は否認する。

被告Aは、都市計画の早期実現を願ってBと交渉を行い、Bの約束又は了承の言葉を信じたものにすぎず、右(一)の交渉経過に照らしても、被告Aが、Bが念書を受領した以上建築許可申請の撤回についてBの了解が得られたものと判断することには無理からぬ事情があるというべきであり、本件申請に係る許可申請書を返戻したことにつき、被告Aには何らの故意過失もない。また、被告Aの行為は、地域町民の悲願である国道七号線の整備促進のために必要な当然の働きかけであり、説得の結果Bとの間で合意が形成されて本件申請の撤回を了承してもらい、あるいは了承を得たものと判断した以上、本件申請に対し不許可処分を行うことについて被告Aに責任はない。

さらに、本件申請は、容易に移転し若しくは除却することができる場合に当たらないものというべきであるから、都市計画法四五条所定の許可基準を満たさないものとして不許可処分をすることができるものであり、その意味においても被告Aの行為に違法性はないし、被告Aに故意過失もない。

(三) 本件支出と被告Aによる本件申請に係る許可申請書の返戻との間の因果関係は否認する。

2 不法行為2について

藤崎町議会から本件支出につき承認を得る際に被告Aに義務違反及び故意過失があったとする原告の主張は否認する。

3 不当利得について

別件訴訟における和解金及び弁護士費用について被告Aに利得があるとの主張は否認する。

4 財産の管理を怠る事実について

原告の主張は争う。

第三判断

一  不法行為1について

1  被告Aに対する請求

地方自治法二四二条の二第一項四号に基づく当該職員に対する代位請求については、代位の対象となる請求権は当該職員の財務会計上の違法行為等に基づくものに限られている(同項柱書本文)ことは、その規定自体に照らし明らかである。

そこで、これを本件についてみるに、原告の主張は、要するに本件支出の原因となった非財務会計行為である被告Aの本件申請に対する取扱いの違法をいうものにすぎず、財務会計行為である本件支出(厳密には支出負担行為である裁判上の和解及びその訴訟代理人である弁護士との間の訴訟委任契約又は支出命令)自体の違法をいうものではない。

また、原告の主張は、被告AのBに対する実質的不許可処分等の対応を財務会計行為である本件支出に対する先行行為と位置づけた上で、本件支出に対する先行行為の違法性の承継を主張するものと解する余地もないではない。しかしながら、一般に、当該職員の財務会計上の行為をとらえて地方自治法二四二条の二第一項四号に基づく損害賠償責任ないしは不当利得返還義務を問うことができるのは、右行為に先行する原因行為に違法事由が存する場合であっても、右原因行為を前提としてされた当該職員の行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるときに限られると解するのが相当である(最高裁判所平成四年一二月一五日第三小法廷判決・民集四六巻九号二七六三頁参照)ところ、原告の主張は、要するにBの許可申請に対する被告Aの対応が違法であったために藤崎町において本件支出を余儀なくされたことをいうにすぎず、被告Aによる財務会計行為である裁判上の和解及び弁護士に対する訴訟委任契約に係る支出負担行為又はその支出命令自体が財務会計法規上の義務に違反するとの趣旨を含むものとは解されない。

右のとおり、いずれにせよ原告の主張は財務会計上の違法行為の主張を含むものとはいえない以上、藤崎町の被告Aに対する不法行為に基づく損害賠償請求権を代位行使する原告の訴えは、住民訴訟の対象とならない請求権を代位行使する不適法なものとして却下を免れない。

2  被告町長に対する請求

(一) 前記前提事実に証拠(甲一、二、三の1、五の4、六の2及び3、一二の3、7ないし12、13の1、27の1、29、30、35ないし38、乙二ないし五、七、八、一三、証人D、同C、被告A本人)及び弁論の全趣旨を総合すると、原告主張の不法行為1に関する事実経過として次の事実を認めることができる。乙第八号証の記載中、この認定に反する部分は採用しない。

(1) 藤崎町内を通る国道七号線は、津軽地方の大動脈ともいうべき主要幹線道路であるところ、その藤崎町内のいわゆる弘前バイパス区間(国道三三九号線との交差点から藤崎町の都市計画街路三・四・一二号との交差点までの区間)の約一キロメートルの部分については、交通量の多さから、付近一帯の慢性的な交通渋滞や交通事故の多発が問題となっていた。そこで、藤崎町では、昭和四六年三月三一日決定の都市計画において、当該部分を都市計画街路三・一・一号、通称藤崎・山下線として幅二二メートルの四車線道路に拡張することを計画し、昭和五〇年代に町議会において関係の常任委員会等を設け建設省その他の関係機関に随時陳情するなどして道路拡張の早期実現を目指していた。

(2) Bは、右拡張計画の対象とされた国道部分に沿った自己所有地上にアパートを建築することを計画し、その建設資金を公社を介して住宅金融公庫から借り入れることとして、平成三年七月二四日に同公庫に対して四七〇〇万円の借入れを申し込み、同年八月一五日に融資を承認する旨の通知を受けた。この融資には、条件として、公社がひとまずアパートを建築した上で同人が右公庫からの融資金によりアパートを買い取るという方法によることが必要とされていた。

ところが、建築予定地の一部が右国道拡張計画に必要な都市計画施設の区域内にあり、アパート建築につき都市計画法五三条一項の許可を必要としたことから、Bは、同月二九日、公社を建築主とする公社名義の藤崎町長あて建築許可申請書を建築確認申請書とともに藤崎町建設課に提出して本件申請をした。

(3) 藤崎町建設課では、本件申請について、仮に建物が建築された場合には国道拡張事業において用地買収が困難となったり計画変更を余儀なくされ、場合によっては必要な基準を満たさなくなることが懸念されたため、平成三年九月六日に職員を建設省東北地方建設局青森工事事務所及び青森県庁に出張させ、本件申請がされたことを上申するとともに、国側における国道拡張事業の進捗状況を確認した。これに対し、同事務所は、同月一〇日に職員二名を藤崎町役場に派遣し、藤崎町からBに対して建築を取りやめるよう行政指導することを依頼した。

藤崎町は、建設省の意向を受け、藤崎町長である被告A(以下、被告Aの行為は、いずれも藤崎町長の地位において行われたものである。)以下で本件申請に対応することとし、同月二四日に被告A、C課長及び藤崎町建設課建設係長D(以下「D係長」という。)が建設省東北地方建設局青森工事事務所を訪れ、B所有地のうち道路用地部分を国において先行取得することの可否について相談した。これに対し、同事務所側からは、その時点においては国道拡張事業の中では買収はできないが、車両のチェーン脱着所用地としての買収については検討するとの回答がされた。

そこで、藤崎町は、翌二五日にBと話し合い、Bのアパート建築計画が国道拡張事業に与える影響を説明した上、代替地の提供などの妥協案の提案をするなどして、国道拡張事業に協力して本件申請を取り下げるよう依頼した。これに対し、Bは、藤崎町の立場について一応の理解を示したものの、代替地の提案については本件土地と同様の角地でないと交渉には応じられないと返答したほか、本件申請については、一○日以内に許可が出るよう藤崎町から建設省東北地方建設局青森工事事務所に依頼することを求めた。このようにして、Bと藤崎町は、本件申請以降同年一〇月九日までの間、被告A自身が二回ほどB方を訪問し、あるいはBが藤崎町役場に赴き、時には直接町長室を訪れたりして、本件申請の取扱いについて話合いを重ねた。

また、藤崎町は、同年九月末ころまでに、公社が同年八月二九日に提出した建築確認申請書を返却していた。

(4) Bは、平成三年九月三〇日、従前の公社名義の建築確認申請書を自己名義に変更して再提出したが、藤崎町建設課は、被告Aからの指示によりこれを受理をしなかった。

一方、建設省は、同年一〇月初めころまでに、B所有地のうち国道拡張事業の対象用地となる部分について道路建設の予算が付されるに先だって弘前バイパスのチェーン脱着場のための敷地という名目で年度外の早期買収を行う意思を固め、同年一〇月までに建設省が同年中にBとの間で用地買収交渉に入り平成四年中には売買契約を締結することを決定した。そこで、建設省は、平成三年一○月五日藤崎町との協議の席で、藤崎町に対し、建設省の意思決定を口頭で伝えた上、用地測量のための本件土地への立入りについてBに協力を要請するよう依頼した。

(5) そして、右依頼を受けた藤崎町がBに対して用地測量への協力を求めた上、協力が得られれば平成四年六月ころには用地買収契約締結及び代金支払がされる旨説明したところ、Bは、平成三年一〇月九日、藤崎町役場での話合いの席で、口先の説明だけでなく書面がほしいと述べて、被告A、藤崎町助役E及びC課長の連名による念書を同日中に提出するようC課長に要求した。

これに対し、C課長は、Bの要求について念書と引き換えに本件申請を取り下げる趣旨であるものと理解し、同日午後五時半過ぎころ、右三名の各個人名義の別紙の念書を起案した上、これにつき被告A及び右Eの決裁を経て各自の氏名の右側にそれぞれの個人印の押捺を受け、自己の氏名の右側にも自身の個人印を押捺してBに交付した。

(6) 他方、公社は、国会議員から公社理事長に圧力が加えられたこともあってBとの共同事業によるアパート建築から撤退することとし、受注予定の建設業者である川村建設を介して公社との共同事業を辞退するようBを説得した。

Bは、この説得を受け入れて公社に対して辞退届を提出した上、平成三年一〇月一四日には公社名義の建築確認申請を取り下げるとともに、本件申請に係る建築主を公社から自己名義に変更する旨の藤崎町長あて書面を提出した。さらに、Bは、同月一七日には、工法を在来工法に変更した建築確認申請書を改めて自己名義で藤崎町に提出した上、同日午後七時ころ、C課長及びD係長から、右確認申請書を一時受理した旨の念書(甲一二の9)を徴した。

(7) ところで、被告Aを初めとする藤崎町側の担当者らは、Bが本件申請について名義変更を行ったり建築確認申請書を改めて提出したことを不審には思っていたものの、従前の同人との話合いの中でBが本件申請の撤回を明確に拒絶する旨の発言をしていない上、最終的には建設省による用地買収がされることを確認するかのような内容の念書を要求してこれを受領したことなどから、同人が藤崎町の意向を理解して本件申請の取下げを了承したものと理解し、本件申請の問題については解決が図られたものと考えていた。

そこで、被告Aは、同月一九日付けで、「平成3年8月29日付け都市計画法第53条第1項に基づく建築の許可申請書(平成3年10月14日付け名儀変更)については受理したが、関係機関と協議し、その結果についても十分話し合いをしてきたところであります。その中で、貴殿の要請により念書も提出してある。そういう観点から許可できないので返送します。」と記載した「建築行為の許可申請書について」と題する文書に藤崎町長の職印を押捺したもの(甲一二の10)を添付して、本件申請に係る許可申請書を含む建築許可申請関係の書類とともに、建築確認申請関係の書類をBに返送した。

(8) その後、Bは、平成三年一一月一八日、被告Aに対し、本件申請について同年一〇月一九日付けで藤崎町長による不許可処分がされたことの証明を求める文書(甲一二の11)を提出した。これに対し、被告Aは、本件申請について平成三年一〇月一九日付けで藤崎町長が許可できないので返送したことを証明する旨の文書(甲一二の12)を作成し、藤崎町長の職印を押捺してBに交付した。

(9) Bは、平成三年一一月二六日、青森県知事に対し、本件申請に係る許可申請書の返送が実質的には不許可処分に当たると主張して、その処分取消しを求める行政不服審査請求を申し立てた。この手続の中で、被告Aは、弁明の理由として念書を提出するに至る経緯とともに申請書の返送が不許可処分ではなく十分な話合いの結果としての単なる書類の返送にすぎず法的措置に当たらない旨主張し、証拠書額として念書の控えを提出した。

これに対し、青森県知事は、平成四年八月一九日付けで、藤崎町長のBに対する平成三年一〇月一九日付け不許可処分を取り消す旨の裁決をした。

被告Aは、青森県が市町村を指導する地位にあることを考慮して右裁決に従うこととし、再審査請求を申し立てることはせず、右裁決の拘束力に基づいてその趣旨に従い平成四年九月七日付けで本件申請に係る建築行為の許可処分をした。

(10) その後、Bは、平成五年四月三〇日、藤崎町を被告として、建物の建設計画遅延により被った損害の賠償を求める別件訴訟を青森地方裁判所弘前支部に提起し、藤崎町は、これに応訴するため、同年五月二一日に弁護士二名との間で訴訟委任契約を締結し、同月二六日には着手金として六一万八〇〇〇円(内一万八〇〇〇円は消費税)を支出した。

別件訴訟は、平成八年五月三〇日、藤崎町が二七八万八〇〇〇円の和解金を支払う等の内容の和解が成立したことにより終了し、藤崎町は、同年六月二五日、右和解金のほか、弁護士に対する弁護士報酬一〇〇万九四〇〇円を支出した。

(二) 右事実を総合すると、被告Aは、本件申請が藤崎町の都市計画上の国道七号線拡張計画予定地内における建物の建築許可を求めるものであって、仮に建築がされた場合には国による国道拡幅事業の進捗に影響を与えるおそれがあり、国道拡張計画が藤崎町における町政上の懸案事項であること等の事情を考慮して、建設省東北地方建設局青森工事事務所と協議を重ねた上、同事務所からの依頼もあり、国による右事業に協力しその円滑な実施を促進するための措置として、行政指導によりBに対して本件申請の任意の取下げを求めたものと認められる。また、被告Aとしては、国からの国道拡張事業への協力依頼や国道拡幅の早期実現という藤崎町の利益と本件申請につき許可を受けてアパートを建築するBの利益が対立する状況の下で、B所有地の早期買収実現という形でBの利益を図りながらBのアパート建築を思いとどまらせて国の用地買収と国道拡幅を早期に実現させるという形で問題の解決を試み、これに向けて様々な努力を重ねていたものということができる。

そして、前記認定の事実経過、殊に藤崎町側とBとの話合いの経過及び念書作成の経緯のほか、Bが徴求した念書が所有地の早期買収実現を求める場合以外には特に意味を持たない点においてBの取った行動が不可解なものであること等に照らすと、Bが真実本件申請の取下げを承諾したかどうかはともかく、被告Aを初めとする藤崎町側の者がBにおいて念書の提出と引換えに本件申請の任意の取下げに同意したものと理解したことにも無理からぬ面があるといえるのであって、被告Aが行政不服審査請求においてBとの合意の成立を主張しながらも裁決後は速やかに本件申請に対する許可の応答をしていることも併せ考えると、被告Aにおいて、本件申請に係る許可申請書を返戻した上行政不服審査手続でも同意に基づく取下げを主張してBの主張を争ったことに関し、藤崎町に損害を与えることにつき故意又は過失があったとまでは認めることができないというべきである。

(三) 右のとおり被告Aに故意過失が認められない以上、同人の不法行為責任をいう原告の主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

二  不法行為2について

原告は、被告Aが、別件訴訟に関しその被告である藤崎町を代表して応訴するに当たり、自らの違法行為を隠ぺいして法的責任を免れる目的を有していたと主張する。

しかしながら、右の目的の存在を認めるべき直接の証拠はない上、前記一2(一)で認定した事実経過と甲第三四号証により認められる別件訴訟における藤崎町の主張を照らし合わせると、被告Aは、別件訴訟において藤崎町のBに対する損害賠償責任を争うために必要かつ相当な主張を展開したものということができ、本件全証拠によっても、原告主張のような証拠の偽造や虚偽事実と評すべき不当主張をした等の事情は認められない。なお、被告Aが念書を偽造したとする原告の主張は、Bに交付した原本とその控えとの些細な差異を殊更取り上げるものにすぎないし、別件訴訟中の藤崎町の主張を虚偽とする点についても、行政不服審査手続上の裁決の拘束力や新聞に掲載された被告Aの談話の趣旨等に関する原告独自の見解に基づくものということができるから、いずれも採用することができない。

右のとおり、別件訴訟における藤崎町の応訴が相当なものであり、被告Aにおいて不当目的が認められない以上、適法な手続により本件支出をした被告Aの行為について藤崎町に対する不法行為責任は成立しないといわざるを得ない。したがって、原告主張の不法行為2は理由がない。

三  不当利得について

1  被告Aに対する請求

この点に関する原告の主張は、結局は原告主張の不法行為1と同一の被告Aの行為について違法をいうものにすぎないものというべきであるから、前記一1で説示したところと同様の理由で財務会計上の違法行為の主張とはいえない。よって、原告主張の不当利得に基づく被告Aに対する訴えは、不適法として却下を免れない。

2  被告町長に対する請求

原告は、藤崎町が支出した本件支出に係る金員が本来被告Aにおいて負担すべきものであったとして、被告Aが本件支出と同額の利得をした旨主張する。

しかしながら、本件支出の対象が藤崎町が被告とされた別件訴訟における和解金及び弁護士に対する訴訟委任のための弁護士費用である以上、これを直接負担すべき立場にあるのは藤崎町であるし、最終的に被告Aがこれを負担すべきか否かは、結局被告Aが右支出に関して何らかの法的責任を負うかどうかの問題に帰着し、そこで解決が図られるべきものである。したがって、被告Aの藤崎町に対する責任の有無とは別に、独自に被告Aにおいて本件支出に関する利得の有無が問題になる余地はないものというべきである。

そうすると、藤崎町の被告Aに対する不当利得返還請求権の存在をいう原告の主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

四  以上のとおりであるから、原告の被告Aに対する訴えのうち、Bがした本件申請の取扱いに関する不法行為及び不当利得を請求原因とする部分についてはいずれも不適法として却下し、被告Aに対するその余の請求及び被告町長に対する請求はいずれも理由がないから棄却を免れない。

(裁判長裁判官 山崎勉 裁判官 宮崎謙)

裁判官 松岡幹生は転補のため署名押印することができない。

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